産経新聞平成11年(1999)5月3日 月曜日
政治をつかめ 20代候補の選挙挑戦記
筋を通し・・・夜間の当選お礼
夜八時から終電が出る午前一時過ぎまでの五時間、山口拓さんは世田谷区内の繁華街に近い駅前で頭を下げ続ける。「ありがとうございました。おかげさまで当選できました。」
四月二十五日投票の統一地方選・世田谷区議選で当選してから毎晩の日課になった。「何でこんな遅くまでやっているの」と、一晩に二百人以上の人から声をかけられる。
本人は「立候補を決めてから一年以上も支持をお願いした。当選後にお礼を言うのは自然な事だし、二週間くらいお礼に立つのはあたりまえじゃないですか」と、その質問をさらりと受け流す。選挙前から、忙しい朝よりも夜の方が話を聞いてもらえるだろうと夜間街頭演説を続けてきた。区議をめざす以上、何でも気軽に相談してもらえる所にいないといけない。山口さんはそう考える。「政治はその延長線上にあるような気がする。究極のお世話好きが政治家であるべきではないか」
山口さんは昭和四十七年、東京の「典型的なサラリーマン家庭」生まれ。二十六歳。道路公団に勤める父の転勤のたびに転校し、新しい学校にすぐ適応するため、物おじしない性格になったが、それを除けば、どこにでもいる普通の二十代の若者に見える。
駒澤大学の学生だった十九歳のとき友人から「ポスター張りのバイトをしないか」と誘われ、そのポスターのモデルの元都議と会って夕飯をごちそうになったのがきっかけで、「この人の取り組んでいることすべてを見たい」と住み込みの秘書になった。以来八年、秘書として世田谷区内を一軒一軒くまなく回り、二十五歳を過ぎ、被選挙権を得たら区議選にチャレンジしようと決意したという。
毎晩五時間ずつ駅頭に立ち、朝も六時ごろには再び駅前で出勤する区民に訴える。「正直言っていくら二十六歳だってつらい。若い人には特に、自分でやって見せないとだめな部分がある。オレもがんばっているから、おまえらもがんばれと思ってやってきた」という。選挙中盤のある夜、その努力が実った。
四人の大学生が泣きながら「山口さん、まだやってるんですか、おれたちめちゃくちゃ感動しました。仲間連れて投票行きます」と駆け寄ってきたのだ。
区議会では少子化対策やゴミの自区処理などについて質問を考えている。「筋を通して考えがぶれなきゃ、必死でやっている事を区民は必ずみてくれている」という山口さんの当選のお礼は連休明け、五月六日まで続く。
(佐々木美恵)